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タイトル 矢切神社300余年の歴史 タイトル

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2009/08/07
 全国で有名な「矢切の渡し」。その近くの矢切神社の前で、演説をさせていただいた。静かな佇まいの中に、風格がある。夏の緑が目映い神社の境内や、お地蔵さんの一つひとつに歴史が刻まれている。
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 激しく車の行き交う県道をはずれて少し奥に入ると、そこが矢切神社。江戸川が氾濫して、多くの被害者・犠牲者がでたのが、300余年前のこと。以来、水害や災難から身を守る守護神の役割を地域の中で、果たしている神社らしい。知らなかった。ヒッソリした中にも、歴史の佇まいがうかがえる。

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 以下は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』からの引用である。

由来 [編集]
 1704年(宝永元年)6月29日の長雨により、江戸川が大洪水を起こし、水高が地面より8尺余り(約2m50cm)となった。当時の矢切の民家は江戸川沿岸にあったため、多数の死者を出し、産業も甚大な被害を受けた。災害から逃れるように村民が台地上に移住し、鎮守として京都東山より稲荷を勧請して祀ったのが矢切神社である。かつては稲荷神社と呼ばれていた。 なお、矢切村(上矢切、中矢切、下矢切)全体の総鎮守として香取神社があったが、この洪水を契機に上矢切に神明神社、下矢切に矢切神社が設けられ、香取神社は中矢切の鎮守となった。

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