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タイトル 憲法の立場にたって原発廃炉を──清宮起久司さん タイトル

12/12/3
 昨年、公園の放射能測定会で、幼稚園児のママ──実は、清宮先生の経営するみやおか幼稚園の保護者の方でした──から訴えがあり、そこから話は始まりました。
 幼稚園とその周辺を一緒に測ったり、運動会の会場である小金原中央公園の除せんを 保護者の方たちとやったり。清宮先生からはジュースを差し入れていただきました。
 そんなこんなで 一緒に、幼稚園を除せんしました。その清宮先生が次のように述べておられます。

憲法の立場にたって原発廃炉を
                  みやおか学園代表理事 清宮起久司氏
 私の関わっている幼稚園は小金原にあります。あの原発事故による「ホットスポット」ではさんざん苦労させられました。その噂が広がった頃、共産党の三輪由美さんたちが地域で測定活動をしていたのです。
 

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 保護者の方とともに園を訪れ、「近隣でこんなに高い放射線数値が出ている」といわれる。それで私も秋葉原にとんでいってロシア製の測定器を買ってきて測ると高い数値がでました。私は専門家じゃないからわからないけど、東電も建屋をもっとしっかり作っていたら、事故があった時でも、もう少し被害の拡散を防げたんじゃないんですか?東電は今もいろんなことを隠したり、ねじまげていると思います。国もそうです。私は、戦前の自由にものが言えない時代と重なるものを感じています。それとおごりです。

みやおか幼稚園
みやおか幼稚園
 幼稚園は住宅地の真ん中にありますから、近隣に迷惑をかけたくない。砂よりやや粗いダストをいれ、芝を植えていたのです。
 ところがその芝で放射線の高い値が出た。共産党の人たちの献身的な協力で行政から補助は得たものの、芝生やダストまで取りさるということになったのはつらかったですね。

 この幼稚園は昭和46年頃に小金原団地が計画され、幼稚園が必要ということで、できました。当時私は東京証券取引所の総務部長をしていました。しかし本当は教育の世界をめざしていたので脱サラし、夢だった学校経営を始めたのです。その頃、地域の幼稚園への期待は大きく、最盛期には550人もの子どもを預っていました。その後埼玉の三郷団地ができるとき、公団の方針もあってもう一つ園を作りました。

 ただ、資産もない中からの出発だったため、一時は大変な苦労をしました。あまり顔には出しませんでしたが、夏休みなどに一人で足場を組んで園舎のペンキ塗りをしていましたので、周りでもわかったでしょうね。でもそれ以前に、「儲けないでいい。だけどやるべきことは手を抜かない」が私の信条。こんなことは外注したら楽だけど、なによりも子どもたちの豊かな環境を作ることを最優先してやってきました。プールは、趣旨に賛同してくれた方たちが作ってくれたのです。そういう意味では、ここは心を同じくしていただいている、多くの方々の手で守られていると、感謝しています。

 子どもたちの安全には人一倍気を使っています。新園舎は今から3年前に建てたのですが、大地震は必ず近いうちに来ると考えていましたから、建築業者に「震度7に耐えられるように」と注文をつけ、頑丈な新園舎を建てました。建築業者には笑われましたけど、歴史に学ぶことは大事ですよ。

 いまの日本の事態をみると、やはり原発は作ってはいけないものだったんです。除染も必要だけれど、その前に廃炉作業を早く進めて欲しい。動かすのもやめて、建設をすすめるのもやめさせて欲しいです。

 私は東北の豊かな自然と心あたたかな人々が大好きです。原発事故で故郷に帰れない人々のことを思うと胸が痛みます。いろんな考えの立場を超えて、いまのような時だからこそ、憲法の9条と13条(幸福追求権)と25条(生存権)をきっちり守り、実際の政治に活かすことが、何につけても大事だと常々考えています。

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