みわ由美 発言・交渉、いつも住民と!
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タイトル 【2004年 2月県議会】代表質問(04/03/05) タイトル

松戸市選出の、みわ由美です。日本共産党を代表して質問いたします。

 最初に、知事の政治姿勢について3点伺います。
 まず第一に、イラクへの自衛隊派兵についてです。日本共産党は、自衛隊の速やかな撤兵と米英主導の軍事占領支配の中止、国連中心の復興支援、イラク国民への主権早期返還にむけ今後も力をつくすものです。
 そもそもイラク戦争とは何だったのか、最大の口実にされた大量破壊兵器はいまだに発見されず、米国調査団長デビット・ケイ氏も「大量破壊兵器はもともと存在しなかった」と証言しています。わが党も指摘してきたように、結局、この戦争は米英両国が国連安保理の承認なしに一方的に始めた大義なき無法な戦争だったのです。これを支持した小泉首相と自民党、公明党の責任は重大です。
 イラク派兵をめぐるごまかしを数え上げたらきりがありません。治安「安定」の根拠とされたサマワ市評議会なるものは存在せず、先遣隊の報告は事前に防衛庁と外務省が相談して作成していました。人道復興を看板にかかげていますが、自衛隊は米英占領軍の指揮下に入り、イラク全土で軍事物資を輸送するなど占領軍の一翼を担います。だれが見てもイラクは戦闘地域で、非戦闘地域など見当たりません。交戦権を否認した憲法9条のある国で、こんな派兵が許されてよいはずがありません。イラク派兵はどこからどう見ても憲法違反だと思いますが、知事はどう思われますか、お答え下さい。
 県内の自衛隊員もイラクへの派兵命令を受けていますが、知事は、今年1月の習志野第一空挺団の初降下訓練に参加し、防衛庁長官とともに軍用ヘリコプターに乗り、隊員や群集が見守る中、空から演習場に降り立ちました。知事、イラクへの自衛隊派兵が日本を揺るがす大問題になっている、このときに、これは、知事もイラク派兵を後押しか、と県民の目にうつりませんか。所見をお聞かせください。
 陸上自衛隊の先遣隊が成田空港を利用したことは、「軍事的利用はしない」との、国、公団、県、住民の4者が取り交わした「取極」に反する重大問題です。知事も「取極めは生きている」とのべており、その責任が問われます。軍服であろうとなかろうと、軍用機を使おうと使うまいと、「軍事的利用」を、知事、いいですか、軍事的ですよ。利用をしない、とした「取極め」が破られたことに変わりがありません。国に抗議し、二度と軍事利用することのないように厳重に申し入れるべきです。お答え下さい。

 政治姿勢の第二は、年金と消費税についてです。いま年金制度の改悪が、国民の不安を増大させています。日本共産党は、無駄な公共事業や軍事費などにメスを入れ、社会保障を予算の主役にすえること、将来は大企業と高額所得者の応分の負担で年金制度を維持することを提案しています。
 政府の年金法案はどうか、保険料の値上げと給付水準の引き下げを、今後は国会の審議抜きで自動的にすすめるものです。現役世代の収入の5割が保障されるのはごく一部の人たちで、共働きや単身者は3割台から4割台に下落し、月平均4万6千円の国民年金だけの高齢者も一律に2か月分もカットされるのです。100年の安心どころか、明日の生存が危ぶまれる、何のための年金制度なのか、との怒りの声がわきおこるのも当然です。そこで質問しますが、小泉内閣の年金「改革」法案で、県民の老後の不安は増大すると思いますが、率直なお考えをお聞かせ下さい。

 年金など社会保障の財源確保にからめて、与党からも、一部の野党からも消費税増税の大合唱が起こっていることは由々しき事態です。社会保障の財源に消費税を充てるという言い分は通用しません。なぜなら、1989年に導入されて以来の消費税収は、大企業減税で落ち込んだ法人税収の穴埋めに使われてきたからです。日本経団連は「2007年度までに税率10%、2025年度に18%」に引き上げるよう提言し、政党の「通信簿」まで公表して、政治献金をテコに自民党や民主党などに消費税増税を競わせています。昨年1月の「奥田ビジョン」では「保険料を全額本人が負担する方法に改める」とまで言っており、企業は社会保障の負担をいっさいしないというのです。あまりにも身勝手すぎます。そこで伺いますが、企業の負担はなくす、一方、庶民には増税をおしつける、このようなことは許されないと思いますが、知事のお考えをお聞かせください。

 政治姿勢の3点目は、清潔な開かれた県政を願って質問いたします。いま千葉県行政のあり方について、県民のきびしい目が注がれています。一つは住宅供給公社の余りにも乱脈な経理実態について、いま一つは企業庁の土地分譲の異常さについてです。
 住宅供給公社を破綻に追いやった市原市米沢団地では、安い土地鑑定評価が出ているのに、わざわざ2倍も高い別の鑑定評価を出させて買い上げていました。金利を含め182億円をかけたその土地の現在の時価が、2億3千万円と聞いて、言葉を失うばかりです。
 一方、企業庁が行った浦安市内の住宅用地の分譲では、入札に参加した3社のうち、一番高い札を入れた企業ではなく、それより27億円も安い最低価格の札を入れた新日鉄系の会社に落札させていました。これは手続きが法にふれるとして契約解除になりましたが、それですむ話ではありません。
 千葉県と言うのは、土地を買うときはわざわざ高く買い、売るときはわざわざ安く売る、こういう話になるではありませんか。これでは県行政が信頼を失うのは当然だと言わなければなりませんが、知事はどうお考えか、所見を伺います。
 この二つの事件をめぐる千葉県のその後の対応にも、大きな問題があります。住宅供給公社の債務超過については2年前から指摘され、わが党も議会で資産の含み損を明らかにするよう要求したところですが、県は一貫して「含み損は把握していない」「債務超過ではない」と言い張り、現実から目をそむけてきました。その時点で機敏に対処すれば、少しは被害を少なくできたはずです。しかも知事が行ったその後の監査要求も、一番かんじんな疑惑の中心部分は何一つ解明されず、かえって闇の深さを際立たせたのであります。
 一方、企業庁の土地分譲では、新聞報道に先立って、入札が行われた翌々日に、わが党はいち早く重大な疑義を指摘して、入札関連情報の公表を企業庁に求めましたが、企業庁の態度は、予定価格はおろか、入札に参加した企業の名前も、入札の結果も、何一つ教えられない、これが県の規定ですと言う驚くべきものでした。契約が完了したあとで、かつ落札企業が承諾してくれたら、企業名や落札価格ぐらいはお知らせできます、と聞いて唖然とするばかりでした。一連の情報が公表されたのは、この入札が法に違反する無効なものと確定し、企業庁が、のっぴきならない窮地に立たされたあとになってからでした。
 知事、これが実態であります。知事は折あるごとに情報公開をうたい、開かれた県政をかかげていますが、そのもとでこういう事態が繰り返されてよいのですか。根本的な改革が必要ではありませんか。お答え下さい。県の一連の財務規定等を見直すなど緊急に手立てを講じて、必要な情報が十分公開されるよう図るべきですがどうか、答弁を求めます。

 次に、新年度予算案についてです。
 こんどの予算は、6年ぶりに「財源不足なし」で編成できた予算だと、表向き言われております。しかしその中身は、将来の借金返済にそなえるべき半ば義務的な償還財源172億円の積み立てを取りやめて、やっと帳尻を合わせたわけですから、実質的な赤字予算というべきものです。

 そこで第一に問題なのは、全国の地方自治体の予算編成を大混乱に陥れて恥じない、小泉内閣の乱暴きわまるやり方です。いわゆる「三位一体改革」の名のもとに、突如として交付税に大ナタをふるい、全国ベースで1兆2千億円をカットしました。交付税見合いの代替財源である臨時財政対策債の削減も1兆7千億円。これだけで合計3兆円近い地方財源が奪われたことになります。県の説明では、千葉県予算全体で400億円近く“あてがはずれた”とのことであります。
 こうした国のやり方は、「改革」とは名ばかり、単に国が身軽になることだけを目的に、負担を地方に押し付ける、許しがたいやり方だと思うのですが、知事も同じ認識に立たれるのかどうか。今こそ、国に対して強い抗議の声をあげるべきだと思いますが、見解を伺います。

 第二に、国の責任は重大としても、同時に問われるのは、県自身の財政運営のあり方です。来年度末の県債残高は予算規模の1.4倍にあたる2兆3千億円。その返済は県財政の重い足かせであることを、県はくりかえし強調しています。ところがその借金の大もとである巨大開発について、この予算は、まったく従来どおりのレールを走り続けています。
 たとえば、常磐新線と沿線開発では170億円近くが投入されます。しかしこの沿線開発が、いかに展望のない、リスクの大きい事業であるかは、県自身が認めざるを得なくなっています。それは、経営難に陥った住宅供給公社の再建にあたって、条件の一つに、公社が自ら手がけてきた流山市木地区の区画整理事業を手放すことが、あげられていることからも明らかです。この区画整理が、採算のとれない事業とみなされたのです。
 一方、これまでに周辺整備や維持管理を含め1300億円以上つぎこんだ「かずさアカデミアパーク」事業の予算は、今年度の31億円から38億円へと20%も増え、文字通りの大盤振る舞いとなっています。ではこの事業の見通しはどうか。予算案では、この38億円とは別に、かずさ全体の運営を担当する第三セクターである、鰍ゥずさアカデミアパークが、新たに銀行から融資を受ける際に県が行う損失補償6億5千万円が、債務負担行為として計上されています。これは、もはやこの3セクが、県の損失補償なしには銀行融資を受けられない会社だとの烙印を押されたことに他なりません。どちらを見ても、県の巨大開発は重大な行き詰まりに立ち至ったと見るべきですが、知事はこの現実を認めるのかどうか、お答え下さい。
 この他にも、すでに1200億円を投じた東京外環道路には77億円が計上されました。あとの質問でふれる八ツ場ダムの事業費増についても、知事は受け入れを表明し、利子を含め700億円余とされる財政負担が千葉県を待ち受けています。『堂本知事のもとで、巨大開発の浪費にメス入らず』、こう断定せざるを得ませんが、それでよいのかどうか。ちがうと言われるなら、予算の組み替えが必要だと思いますが、あわせてお答え下さい。
 こうした巨大開発への大盤振る舞いと対照的に、県民生活の各分野は惨憺たるものです。
 第一は補助金カットです。私学助成は23億円もカットされました。その結果、今でも全国42位と低迷している高校生一人あたりの補助金は、いよいよ最下位へ転落必至の情勢です。しかも来年度、国からは高校生一人あたり28万4千円が県におりてくるのに、県はその一部を財政の穴埋めに使ってしまい、高校には26万7千円しか交付しないなどということが、許されてよいのかどうか、お答え下さい。市町村水道事業補助金の6億円近いカットは、各事業体での水道料金値上げへの引き金になりかねないものです。私学助成も、水道補助も、再考が必要ですが、どうか、伺います。
 くらしの分野での無慈悲な削減とうって変わって、市町村合併の経費については、交付金など、前年の6倍となる11億円もが計上されています。県の強引な合併誘導が各地で矛盾を広げ、計画が頓挫している今、何が何でも力づくで県が引っ張るやり方は、もう改めるべきではありませんか。削除を要求し答弁を求めます。
 第二は使用料・手数料の値上げですが、3億円近い県民負担増のうち、県立高校授業料の値上げで1億1千万円、博物館・美術館の有料化で9千万円と、この二つで2億円を占めています。教育文化ねらい討ちではありませんか。撤回を求めます。
次に福祉の分野ですが、まず目につくのは、各種施設の建設補助金が軒並み大幅減となっていることです。老人福祉施設は90億円から70億円となり、しかも待機者が1万4千人と増える一方の、特養老人ホームの建設補助が、60億円から45億円に減りました。障害者福祉施設では18億円から5億円に激減し、とりわけ知的障害者の施設は0だとのことであります。今年度から導入された支援費制度で、施設の不足が大きな問題だったのに、一体どういうことでしょうか。保育所しかり、精神障害者の社会復帰施設しかり。
 私がかねがね疑問に思うのは、県の福祉施策において、「施設から地域へ」とか「官から民へ」といったスローガンが、あまりにも安易に独り歩きしていることです。施設とは、人をその意思に反して閉じ込めるもの、収容するもの、と言わんばかりの物言いや、地域に十分な受け入れ態勢があろうが無かろうが、とにかく施設から地域に出して民間まかせにすれば、それが時代の流れなんだ、などという考え方は、間違いではないでしょうか。
 たとえば、袖ヶ浦福祉センター再編の一環として、千葉市にある知的障害者のための畑通勤寮をこの3月から募集停止とし、強引に廃止に追い込もうとしていますが、30年間にわたって築かれた、地域とのあたたかい信頼関係という財産を断ち切る点でも、また個々の入所者にとっては、仲間や施設職員や地域から見守られ支えられる生活の拠点を失う点でも、これほどの損失はないはずです。知事はこれを、地域における福祉基盤の重大な損失とは考えないのかどうか。改めて存続を要求し、答弁を求めます。福祉における行政の役割にきちんと目を向け、高齢者にせよ障害者にせよ、必要な各種施設についてはその重要性を正しく評価して、十分な予算をつけるべきです。お答え下さい。

 予算質問の最後に、財源問題としてくりかえし要求してきた、大企業の法人事業税への超過課税の導入を重ねて主張いたします。県の資料によっても90億円という巨額の財源を、いつまでも放置したまま、財政難を理由に県民福祉を切り捨てることは、もう許されません。つよく要求し知事の決断を求めます。

 次に、三番瀬についてうかがいます。
 1月22日に円卓会議でまとめられた再生計画は、県民からのパブリックコメントなどを反映して、「海域をこれ以上狭めない」との原則が明記されるなど、より改善されたものとなっており、関係者の努力に敬意を表するものです。
 しかし、それでもなお、いくつかの懸念が残されています。
 第一に、市川側に市民が海に触れ合える場所を作るために、人工的に砂を入れていく問題です。県民からの意見でもここに多くの懸念が表明されています。砂を投入する場所が、三番瀬の生物多様性を作り出している猫実川河口域に近接しているのですから、当然のことです。
 再生計画では、こうした懸念を払拭するために、砂を投入する場所を決めるときには「環境アセスを行ってから決定すること」や、その作業には「市民が参加」すること、問題が発生した場合には作業の見直しや中止をすることまで盛り込みました。県が、こうした再生計画の提起を尊重するのは当然だと考えますが、いかがでしょうか。
 また、本来、海域を狭めないということであれば、海に触れ合う場所を作るという点でも、すでに干潟化している市川側の養貝場や、再生計画に盛り込まれている環境学習エリアを最大限利用すべきであり、極力、現在の三番瀬に手をくわえることは避けるべきだと考えますが、お答えください。

 第2に、ラムサール条約への登録の問題です。12月議会で県は、「円卓会議の動向を注目している」などと答弁しましたが、いまこそ県が、全県民の総意で三番瀬をラムサール条約に登録するイニシアチブを発揮すべきときだと思います。その点で、配慮が必要なのは、漁協関係者から、水産関連施設の整備やノリヒビ、覆砂などが規制対象外かどうか明確でないことや、水鳥による食害、羽毛の混入などの心配の声が出ていることです。これについては、環境省も今までの漁業で行われていた行為は規制されないことを円卓会議の場で明言しています。また、食害や羽毛の混入などは今までもあったものであり、ラムサール条約に登録されたことで増えるということにはなりません。こうした誤解を一刻も早く解いて、ラムサール条約に登録されるよう県として責任を持ってとりくむべきだと考えますが、いかがでしょうか。

 第3に、第2湾岸道路についてです。堂本知事は「必要な道路なので、三番瀬に影響のない形で建設する」と述べています。しかし、現実には、三番瀬に影響のない第2湾岸道路の建設などありえません。しかも、こんご、高齢化などによって車の需要が減ることが予想されており、第2湾岸道路そのものの必要性も問われています。三番瀬の再生計画が知事に手渡されたのを機に、第2湾岸道路はキッパリ、断念すべきだと考えますが、いかがでしょうか。

 次に、今議会に提出されている「千葉県安全で安心なまちづくりの促進に関する条例」――いわゆる「生活安全条例」について質問します。
「犯罪を防止してほしい」というのはすべての県民の願いであり、そのために県が「安全で安心な街づくり」を促進していくことは当然です。同時に、犯罪が増えている要因は、不況で安定した生活をいとなめないこと、政治家による不正などで正義が軽んじられていること、さらに、地域社会の連帯が失われていることなどであり、安全・安心な街づくりのためには、これらの課題は避けて通れません。ところが、条例作成の過程で、こうした議論は後景に押しやられ、県民の意見も十分聞かず、きわめて拙速にことが進められています。条例素案への県民からの意見もわずか4人で、しかも2人は条例案に異論をとなえています。これで十分県民の意見を聞いたなどといえるのか、所見をお聞かせください。

 本条例案では、自治会に「防犯情報センター」の設置をはじめ大きな役割が課せられていますが、自治会役員の中には、警察の下部機構に組み入れられる懸念を感じている人も少なくありません。ところが、県は、自治会の意見をまったく聞いていません。これでどうして「一緒に犯罪をなくして行こう」という気持ちが生まれるでしょうか。なぜ、自治会からの意見も聞かずに大慌てで条例を作ろうとしたのか、お聞かせいただきたい。県民の関心を高め連帯感を培うためにも、条例案は取り下げて十分な時間をかけた議論をあらためて行うべきだと考えますが、いかがでしょうか。

 第2に、基本的人権との関係です。条例案のなかで、「基本的人権への配慮」をあえて述べていることからも、条例が一歩間違えれば基本的人権を侵すものであることは明らかです。ところが、具体的な内容については今後作られる「基本方針」とか、「指針」にゆだねられていて、基本的人権が守られる仕組みが条例案のどこにも書かれていません。少なくとも、警察権力などがこの条例を根拠にして市民生活に介入することのないよう、条例本文に明記すべきではないでしょうか。お答えください。
 なかでも、防犯カメラの設置はプライバシーの侵害など多くの市民が危惧していることであり、条例による安易な設置は厳に戒められなければなりません。すでに設置されている防犯カメラについても、目的外使用の禁止や令状による捜査機関への提出、保存期間を明記しそれが過ぎたら廃棄するなど、「有識者懇談会」の提言にある運用規則を条例に書き込むべきだと考えますが、いかがでしょうか。

 第3に、賞揚について一点、確認します。犯人逮捕や犯罪防止などに協力した者に対して、警察の当初の案では「賞揚金を支給する」としていたことについて、わが党は、そうした金品の支給は「警察に協力しよう」という意識をゆがめるもので、全国にも例のないものだ、と問題を指摘してまいりました。今回の条例案には単に「賞揚」とのみ書かれていますが、お金の支給はないものと確認してよいか、お答え下さい。

 次に教育問題で3点質問します。最初は少人数学級です。県民の強い願いに押され、ようやく新年度から、38人学級がすべての小学1、2年生に拡大されることになりました。これは一歩前進です。少人数学級の実施でクラスが増えるのですから、当然、それに見合う先生の増員が必要です。ところが、その当たり前のことがやられないまま、ことは進められようとしています。なぜなのか、それは今回の38人学級が、国の新たな「制度変え」を利用して行われるものだからです。
 「制度変え」とは何か。少人数学級を実施するか、しないかは、各都道府県の自由。ただし実施したからといって、国はそのために先生を増やしたりはしないから、あとは県の責任で先生のやりくりを考えなさいという、単なる運用の弾力化であります。年ごとに高まる少人数学級への世論はもう抑えられないが、お金は出したくない、そんな国の姿勢がありありではありませんか。こんなやり方は、ほんらい許されないはずです。改めて、国の責任による本格的な少人数学級の実施を、県として強く求めるべきですが、どうか、お答え下さい。
 国のやり方に問題あり、とは言っても、県が自らの判断で38人学級の拡大を決めた以上、それに必要な先生の配置には当然、県として責任を負うべきです。ところがどうでしょう。新たな先生の配置どころか、まがりなりにもこの2年間、県独自に確保してきた非常勤講師の配置のための5200万円の予算すら削ってしまった、こんな理不尽はありません。これでどうして少人数学級の拡大が本格的に進められるでしょうか。教育長、予算は廃止どころか、大幅な増額が必要です。県の責任で、きちんと先生を増やすべきですと思いますが、お答え下さい。

 教育の二つ目は、高校再編問題です。今、至るところでかつてない大規模な反対運動が広がっています。生浜高校では、生徒会を中心とした地域ぐるみの運動の広がりで全国最大規模の14万近い署名が一気に集まり「めざせ20万」の運動へと発展しています。千葉高校の定時制では「わざわざ県立中学をつくって、なぜ定時制をつぶすのか」と廃止反対の熱い運動がまき起こっています。東葛地域では、柏・野田の市長・教育長・中学校長会が意見具申したのに続いて、柏・流山・野田の市議会が次々と全会一致で高校存続の意見書を採択、生徒会とPTAぐるみの署名運動が発展しています。文字どおり、広範な県民と各界各層からの批判と怒りの声が、県に向けられているのです。教育長、これで統廃合について県民の「理解と協力」が得られたと言えるのですか。一期をはるかに超える、このような規模の反対運動が燃え広がっているのは、一体、なぜだとお考えか、あわせてお答えください。
 今、これらの運動に県がどう応えるのか、するどく問われています。昨年12月議会でわが党が、「生徒たちの思いをどう受けとめているのか」と質問したところ、知事は「無駄な経費は慎まなければならない」と答弁されました。今回の再編案が、まずは財政事情優先、初めに統廃合ありきで進められていること、肝心かなめの学校の教育的価値や、地域における存在意義が後ろに追いやられていること、ここに最大の問題があり、県民の怒りがあります。説明会を何回開こうが、理解を得られないのは当然ではありませんか。いま生徒たちは、「ここだからこそ学べる、頑張っている高校、うまくいっている高校をつぶさないでほしい」と必死で訴え、また自治体の長や議会・各関係者も一様に「地域になくてはならない高校だからこそ、守ってほしい」と切に願っています。この必死の訴えに真摯に応えていくのが教育長、そして知事の務めではありませんか。また、知事と教育長は高校生が求めている面会を、なぜ拒むのですか、高校生の訴えを直接聞くべきですが、どうか。あわせてお答え下さい。
 県はこの3月、4月にも2期案を決定するとしていますが、だとすると、議会の審議はこれが最後となってしまいます。冗談ではありません。説明会をやればやるほど反対が強まる状況のもとで、どうしてそんなことが許されますか。パブリックコメントは、先月締め切られたばかりで、本格的な検討は、まさにこれからのはずです。知事、意見は聞くが、ただ聞きおくだけ、ひとたび計画を打ち出したら、何が何でも突っ走る---堂本知事の「開かれた県政」とは、そういうことだったのですか、ハッキリとお答えください。教育長、合意なくして強行はしない、と約束していただきたい。統廃合計画は白紙撤回し、抜本的に見直しを進めると、この議場で明言していただきたい。答弁を求めます。

 教育問題の最後は、障害児教育についてです。比較的重い障害を持つ子どもたちに対する従来からの支援の拡充とともに、いま通常学級で学んでいるLD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)、また高機能自閉症など、「軽度発達障害」といわれる子どもたちへの特別な支援制度の確立が急がれています。文科省は昨年3月、協力者会議がまとめた最終報告「今後の特別支援教育のあり方について」をうけて、来年にも国会に法案を提出するとしていますが、この構想には大きな問題があります。
 最も危惧されることは、LD等の子どもたちが全国で60数万人、県内でも3万人余と予想されているにもかかわらず、人も予算も増やさず、既存の体制の見直しややりくりで対応せよ、としていることです。そこで、質問します。
 第一に、LD等の子どもたちの成長を支える体制についてです。県は新年度から3ケ年で、すべての学校に1人ずつ、いわゆる特別支援教育コーディネーター、支援が必要な子どもを発見し、治療するための連絡調整係を決めるとしています。今年度は、船橋市内すべての小学校でモデル事業として実施しましたが、このコーディネーターを、教頭や教務、生徒指導や学級担任の先生などが兼務でつとめています。時間的にも多忙で、ほんらいの業務にも支障をきたしかねず、内容面でも高い専門性が求められるこの重い任務は、とても果たしきれないと悲鳴が上がっています。LD等の子どもたちの成長をていねいに支えるためには、「福祉医療機関との連絡調整を担える高い専門力量を持つ教員」や、「子どもと直接かかわる時間がきちんと保障される教員」の増員がどうしても必要です。国にも強く働きかけ、県としても確保すべきと思いますがお答え下さい。
 第二は、現在の障害児教育の水準を低下させず、障害児学級を存続させる問題です。文科省は、障害児学級に学ぶ子どもたちをすべて通常学級に籍を移し、必要な時間だけ新たに設置される「特別支援教室」で教育をうける方向を打ち出しています。ところが教員等の配置は、複数の教室をかけもちで巡回する指導形態などを検討するとしており、従来のような担任の配置が保障されていません。
 障害児学級は、担任の教員が安定的に配置され、ていねいに子どもとかかわっているからこそ、それぞれの障害に応じた教育が可能となっているのです。そういう先生が置かれない「教室」では、障害を持つ子どもの健やかに育つ教育環境が大きく後退させられます。そこで伺いますが、教育長は、いまの障害児学級とその担任教師が果たしている重要な役割をどう認識しているか、また、障害児学級の存続を国に強く働きかけるべきだと思いますが、あわせてお答え下さい。
 第三は、盲・聾・養護学校と、「特別支援学校構想」についてです。現在、障害児学校は、盲・聾・養護と障害種別に設置されていますが、文科省は、それらを「特別支援学校」に一本化し、どんな障害に対応するかなど、具体的な学校の設置運営の在り方は、各地方公共団体が地域の実情に応じて弾力的に判断することになる、としており、まったくの地方まかせです。この構想に関係者から「障害の種類も程度も違うのに一緒にできるのか」などと不安の声が寄せられていますが、仮に一本化するというのなら、それぞれの障害に対応できる教育条件が整備されなければ、混乱と教育の後退をもたらすでしょう。教育長、こうした学校制度のあり方は、関係者の十分な合意に基づき論じられるべきものであり、必要な教育条件の整備をおこなうなかでこそ検討されるべきと思いますが、所見を伺います。
 協力者会議の最終報告まとめが「基盤整備はすでに達成した」としていることはあまりにも実態を見ないものです。たとえば、県立養護学校をみると、君津、富里、銚子、長生、松戸つくしなど、あちこちで教室が不足し、プレイル−ム、機能訓練室などが教室に転用されていますが、それでも足りません。図書室がなくなり、廊下に本を並べています。教育長、特別支援教育の検討云々の前に、こうした問題をこそ直ちに解決すべきだと思いますが、お答えください。
 また、いま県立盲・聾・養護学校において医療的ケアの必要とされる生徒数が約4人に一人、1000名を超えており、中でもカテ−テルによる経管栄養や、気管内吸引、管による排尿なども含む高度な医療行為が必要な子どもたちは223名もいます。ところが看護師の配置は、たったの9校で、しかも正規職員ではなく緊急雇用の1年交替です。その上、未配置が20校もあります。教育長、これで子どもの命の安全が十分に守られるとお考えなのか。県の予算で直ちに看護師をきちんと配置すべきと思いますが、お答えください。

 次に、国民健康保険についてうかがいます。いま、県民の命綱が切られるような重大事態が進行しています。昨年12月、千葉市で60歳の男性が肺ガンで亡くなりました。この男性の息子さんから、「父が入院しなければならないのに、保険証がない」と相談が寄せられたのが、昨年10月。春ごろから体の異変に気づいていたのに、保険証がなくて病院にかかれず、9月、市の無料検診で、ガンとわかったときにはすでに手遅れでした。
なぜ、保険証が取り上げられてしまったのか。調べた結果、この1年半の間、男性は、滞納もなくきちんと保険料を支払いつづけていました。保険料を払っていたのに保険証を取り上げた――その理由は、2年前のほんの数ヶ月の滞納でした。いま現に保険料を支払っている人から保険証を取り上げ、医者にかかれなくして死に至らしめたのです。
こんなひどい話はありません。2年前のその滞納も、たまたま銀行の残高不足が原因で、本人は支払う意思があったのです。千葉市と相談の上、滞納分の分割払いを約束しましたが、今度はこれが滞ったと言って、市は本人の話も聞かず、職権で分割払いを停止し、保険証を取り上げてしまいました。こうした無慈悲な対応が、命を奪ったのです。知事、実際に千葉県で起こったこの悲惨な事件について、まず、率直な感想をお聞かせください。

 これは、「千葉市の問題だ」ではすまされません。私たちは再三、こうした機械的な保険証の取り上げが県内で横行している事実をあげて、それが県民の命を脅かしていることを警告し、市町村に強く改善を指導するよう県に要請してきました。そうした提起に耳を貸さなかった県当局も責任を免れません。それを反省し、直ちに、滞納者には十分な納付相談を行うこと、滞納の月数などによって機械的に保険証の取り上げを行わないことなどを県の文書で通知し、改善を図るよう重ねて要求するものです。答弁を求めます。
 こうした問題の根本に、保険料が高すぎて払えないという滞納世帯が29万――加入世帯の3割にもおよんでいる県内の国保の実態があります。千葉県は、1人当たりの医療費は全国に比べて7万円近く少ないのに、1世帯あたりの保険料は、全国平均と比べても7千円も高くなっています。いま、これを本気で解決しなければ、第2、第3の事件がおきる心配があります。ところが県の来年度予算はどうでしょうか。いままであった国保への9000万円の補助金が廃止され、一部の市町村だけしか使わないような補助金に切り替え、その額はわずか6600万円です。これでは到底保険料の引き下げにつながりません。すべての市町村に対して補助金を大幅に増額するべきです。お答えください。
 もちろん国保に対する国の責任が重大であることは言うまでもありません。県として、国に対してただちに国庫負担を医療費総額の45%に戻すよう、厳しく求めるべきと思いますが、お答え下さい。
 国保料の引き下げとともに、医療機関での窓口3割負担を軽くすることも重要です。国民健康保険法第44条では、窓口負担について「減額」や「免除」「徴収猶予」などができると定めており、京都市では「収入が生活保護基準の120%以下の場合は免除、130%以下は減額」と明確な基準を設けています。仮に基準がなくても、申請があれば、対応するというのが法の精神です。ところが県内では、ほとんど実施されておらず、ここでも県の指導的役割が問われています。京都府では、申請に基づいてきちんと対応することや、減免基準を備えることなどを市町村に指導しています。沖縄県でも「適切な取り扱い」を求める通知を市町村に出しています。千葉県でも、市町村にこうした通知を出すなどして、国保法44条を生きたものにする必要があると考えますが、いかがでしょうか。

 最後に、八ツ場ダムについて伺います。群馬県内に建設中の八ツ場ダムの事業費が4600億円に倍増された国の基本計画変更を、堂本知事は受け入れることを表明しました。これにより千葉県の負担は、183億円から403億円に跳ね上がります。知事は「治水、利水両面から必要と判断した」と述べていますが、本当に検討したのでしょうか。
 ダムが必要だという根拠になっているのが「千葉県長期水需給計画」です。この計画では平成27年度の給水人口を622万人と見込み、1日最大給水量を56万トン増やして274万トンにするとしています。しかし、国立社会保障・人口問題研究所が平成14年に発表した最新データでは、千葉県人口の「ピークは、平成27年度の609万5千人で、その後は緩やかに減少する」としています。国が、千葉県の人口は609万だというのに、給水人口が622万人。おかしいではありませんか。これまで県の各種長期計画は、すべてこの人口問題研究所のデータを基にしていました。なぜ水需給計画ではそれを使わないで、過大な数値を出すのか、理由をお示し下さい。この最新データで計画を見直すよう要求し、答弁を求めます。

 2つ目の問題は、1人1日最大給水量の設定です。平成27年度は441リットルと見込んでいますが、これも過大すぎる数字です。過去10年の実績を見ても、平成6年度の411リットルがピークで、年々減少し、現在は395リットルです。これは節水機器の普及などによるもので、今後とも減少傾向にあることは十分予測できます。にもかかわらず計画では46リットルも多い441リットルになるのか、全く納得できません。この1人1日最大給水量は何を根拠に設定されたのか伺います。

 一方、治水はどうでしょうか。八ツ場ダムにかかわる利根川の治水計画は、未曾有の被害をもたらした昭和22年のカスリン台風をベースに策定されています。しかし、その時の流量は、毎秒1万7千トンですが、それより5千トンも多い2万2千トンを見込んでいます。これが全くの架空の流量であることは、過去50年、1万トンを超える洪水がなかったことからも判断できます。
 八ツ場ダムがなくても、将来の水需給も治水対策上も支障をきたすことは考えられません。事業の必要性がすでに失われ、国民に多大な負担だけを負わせるだけのこうしたダム建設は、根本に立ち返って再検討すべきではありませんか。あわせて伺います。

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