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【2003年 9月県議会】意見書について討論(03/10/15) |
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日本共産党を代表して、討論いたします。最初は教育に関する3件の意見書ですが、自民党提出の発議案第20号「教育基本法の早期改正を求める意見書」および第19号「教科書検定制度の見直しを求める意見書」の2件に反対し、日本共産党提出の発議案第21号「教育基本法の改悪に反対する意見書」については採択を主張するものです。
まず、自民党の意見書に反対する理由の第一は、意見書そのものが体をなしていないということです。例えば「基本法の改正を求める」といいながら、どこを、なぜ、どう変えるのかについては、一つも明記されていません。教科書検定についても「自虐史観に偏ることなく」などとしていますが、根拠や具体例については全く触れられていません。しかも文教常任委員会では、提出者である自民党の議員から「教育基本法はよく読んでいない」とか「近隣諸国条項とは靖国神社のことか」などという発言まで飛び出しました。こういう姿勢でいいのでしょうか。
第2の反対理由は、自民党の意見書案は、今日の社会の荒廃や教育をめぐる諸問題の原因が、教育基本法の理念や今の歴史教科書にあるなどとする、不当な内容だからであります。根拠のないこじつけという点で、また深刻な青少年をめぐる諸問題を大きくゆがめるという点で、二重の誤りと言わざるをえません。
そもそも今日の、日本社会の道義的危機の根本には、自民党政治のもとでの国民の生活、労働、教育などあらゆる分野におけるゆがみや矛盾、困難の広がりがあります。たとえば、大企業のリストラ競争による雇用破壊や長時間労働は家族の団欒を破壊し、弱肉強食の競争至上主義が、国民の精神生活をも殺伐とさせています。若者の深刻な雇用危機は、就職・結婚・子育てなど、将来の夢も希望も閉ざす重大問題となっています。国連子どもの権利委員会は、日本の教育について「過度に競争的な教育制度によるストレスのため、子どもたちが発達のゆがみにさらされている」と厳しく批判し、重ねて改善を求めています。メディアやゲ−ムの映像などにおける暴力や性のむき出しの表現や、あいつぐ政治家の金権腐敗事件は、子どもたちにはかりしれない有害な影響を及ぼしています。今こそ社会全体で、こうした問題の解決に全力を尽くすべき時に、これに目をふさぐばかりか、こともあろうに、悪いのは教科書や教育基本法だ、などという暴論が、どうして認められましょうか。
第3の反対理由は、自民党の意見書が、正しい歴史認識や教育基本法そのものを大きくゆがめ、愛国心の外からのおしつけや競争に勝ち抜く人材づくりなど、日本の教育とこどもたちの未来をとんでもない方向へ導こうとしていることであります。
そもそも教育基本法とは何でしょうか。文教常任委員会である自民党委員は、「これまでの画一的な教育ではなく、21世紀は個を尊重する時代だから変えるんだ」と表明しましたが、個の尊重を言うならそれこそ、今の教育基本法自体が、まさにそういった趣旨に基づいて制定されたのではありませんか。戦前の教育勅語や画一的な軍国主義教育を否定し、教育の目的は滅私奉公ではなく「一人一人の人格の完成をめざすこと」であると掲げ、個人の尊厳を高らかに謳いあげたのが、今の教育基本法です。具体的に「平和的な国家及び社会の形成者」「真理と平和を希求する人間」の育成を期すると明記し、何よりも子どもの成長と発達を大事にする教育の実現をめざしたのが教育基本法なのです。高知県須崎市市長で元自民党県議の梅原一さんは、戦前、14歳で志願兵となった痛苦の思いから「国を愛する、親を愛する愛情は確かに大事なことです。しかし国を愛する心を、有事法制や戦争に利用されては困ります。国づくりのために一番大事なのは、教育基本法にもとづく人づくりだ」と語っています。「国を愛する心」などという抽象的かつ人間の内心の自由を脅かしかねない文言を、強制的に法で押し付けるのは、まさに個を否定する画一的な教育への逆戻りではありませんか。
以上指摘いたしましたとおり、自民党提出の意見書案には、根拠も道理もないことは明らかで、もし数の力で強引に採択されるなどということになれば、千葉県議会として、重大な汚点を残すのは明白であり断じて採択すべきではないということを、重ねて表明いたします。
戦前、天皇制の専制政治と教育勅語のもとで、日本は侵略戦争に突き進み、多くの尊い命が失われました。こうした誤りを2度と繰り返さないために、戦争放棄と国民主権をはっきり定めた日本国憲法をつくり、憲法の教育版ともいうべき、教育基本法を制定したのです。この憲法と教育基本法の理念にしっかりと立脚した教育の徹底こそが、いま、まさに求められていることを、あらためて強く主張するものです。
次は発議案第7号「警察官の増員に関する意見書」についてであります。
最近における各種犯罪の急増と治安の著しい悪化は、私たちの暮らしを根底から脅かしており、健全な市民社会を危機におとしいれるものであります。日々の暮らしの安全の確保、これは県民が等しく願うところであり、そのための態勢の整備は行政の重要な責務であります。とりわけ、地域において住民との接点となり、地域の安全に直接の責任をもつ交番や派出所などの第一線部門については、態勢の不備がさまざまに指摘され、その充実強化が望まれてきました。
本発議案が求める警察官の増員が、これら第一線の現場を強化することに、直接につながるものとなるべきことは、申すまでもありません。
警察行政について、日本共産党はこれまで一貫して、予算や人員の配分が警備公安部門中心にかたよっており、これを県民生活の安全確保を最優先にした、第一線の現場重視へとつくりかえる改革が、急務であることを指摘してまいりました。この問題は今日なお、未解決の課題として残されています。あらためて、改革の断行をつよく主張するものであります。
最後に、今日の異常ともいえる犯罪の多発と治安の悪化は、社会の病理を反映したものであり、私たちの社会の健康が、深いところで、むしばまれていることを示すものです。青年が働きたくても働く場所がない社会。無慈悲なリストラによって家庭崩壊に追い込まれる社会。社会保障の切り捨てで明日の生活設計が成り立たない社会。人間を大切にしない政治の横行で、日本の社会に今日の荒廃をもたらした、その責任は、きわめて大きいと言わなければなりません。このゆがみの大もとにメスを入れることが、犯罪発生の大もとを断つ上からも、いよいよ急務となっていることを併せて指摘いたしまして、本発議案への賛成討論といたします。
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