介護施設をコロナから守るのに必要なことは−「松戸陽(ひ)だまり館」の感染終息から
6月末から1週間あまりで入居者と職員5人が新型コロナウイルスに集団感染した松戸市の特別養護老人ホーム「松戸陽(ひ)だまり館」は、8月20日に感染「終息」を宣言しました。介護施設を感染から守るには何が必要か−施設を運営する社会福祉法人「愛(めぐみ)の会」の木村哲之(さとし)法人本部長のインタビュー記事を転載・紹介します。
「しんぶん赤旗」8月31日付け3面から転載↓
「しんぶん赤旗」8月31日付け3面から転載↓
2020焦点・論点
―「松戸陽だまり館」は20日、感染「終息」を宣言しました。
感染した入居者2人が7月から陽性のまま入院していました。残念ながらお1人は今月上旬にコロナ肺炎で亡くなられました。ご冥福をお祈りし、ご遺族の皆さまに心からお悔やみとおわびを申し上げました。もうお1人は陰性が確認され再入居を調整中です。これで全員が陰性となりましたので、保健所より「終息」の判断をいただきました。
施設にウイルスを持ち込まないよう相当気を使っていましたが、すっと足元に忍び寄ってきた感じです。
1例目は職員で感染経路は不明です。6月25日に体調不良で早退し受診しました。医師は「様子を見る」とすぐにPCR検査をしませんでした。28日に再受診、29日にようやく検査して陽性が分かりました。検査が遅れた結果、1例目の感染が判明する前に2例目の職員が発症しました。その間、施設内に感染が広がった可能性があります。
2例目は1例目の「濃厚接触者」の職員で29日、体調を崩し早退して病院を受診、30日検査し7月1日に陽性が判明しています。一方、保健所は他の「濃厚接触者」(入居者12人、職員4人)に行政検査を行い、結果は全員「陰性」でした。
1例目と2例目の職員は隣接するユニット(10人ごとの生活単位)の担当で、動線は重なっています。23日には一緒に入浴介助などを行っていました。
2例目の「濃厚接触者」(入居者8人、職員12人)への行政検査が7月1日に行われました。そこで担当するユニットの入居者1人が陽性と判明し、3例目となったのです。
保健所の指導を得て感染者が出た二つのユニットを「汚染区域」とし、動線を他と完全に分けました。取り急ぎ法人内から防護服や衛生用品をかき集め、マスク、グローブ、フェイスシールド、ガウンと最大限の防護策で介護にあたりました。
この段階で法人として保健所に、入居者・職員全員にPCR検査を行うよう強く要望しましたが断られました。保健所を統括する県の担当部長の見解は、“行政検査の範囲は「安心」で線を引いているのではなく、「安全」で線を引いている。多くの経験から判断の正確さには自負がある”とのことでした。
ところが現場で問題が起きました。行政検査の対象とならなかった利用者・家族、職員の中で「自分が感染しているかもしれない」との不安が広がったのです。
職員は不安を抱えながらの業務で、強いストレスにさらされ疲弊しました。家族に感染させる不安から自宅に帰ることができず自家用車や民間宿泊施設に泊まって勤務する職員もいました。また、職員の家族の中には勤務先から「同居家族の中に白黒はっきりしない方がいるなら出勤を控えなさい」と指示された方もいました。
業界団体を通じ、厚生労働省に全員検査をお願いしました。一方で自費のPCR検査を、持ち出しでもするしかないと覚悟を決めました。市の検査センターでも1人約2万円かかるとのことでした。そんなとき松戸市が独自に全員の検査を公費で実施すると決断され、本当にありがたかったです。「濃厚接触者」以外の125人に検査をしていただきました。全員が陰性でした。
―松戸市はその後、高齢者施設で「行政検査」の対象とならなかった人への検査事業を補正予算で計上しました。国の考え方に変化はありましたか。
厚労省は行政検査の範囲について、感染者が出た施設は全員が対象となる、感染が多発している保健所管内の施設は感染者が出ずとも職員や入居者が対象になるとの「事務連絡」を都道府県等に出しました。共産党さんも含め超党派の国会議員のみなさんや業界団体が要望し、現場の声が通った結果だと、大変ありがたく思っています。
ただ「事務連絡」ですので正式の「通知」とは強制力の違いがあり、都道府県によって対応の違いが出てくるかもしれません。実効性を求めたいと思います。
重度化リスクの高い高齢者施設で感染が広がると「介護崩壊」から「医療崩壊」につながりかねません。何より施設に感染を持ち込まないことが大事です。少なくとも、介護従事者等が体調不良で受診した際には即PCR検査を実施することで、1例目となる方を早期に特定し隔離することが必要だと思います。しかしまだ、こういう場合の検査にもハードルがあるのが現状です。改善が必要です。
3例目となった入居者の感染は7月1日午後に判明しましたが即日入院とならず、翌日午後まで施設内に滞在せざるを得ませんでした。自分で動くことができる認知症の方でしたので対応が難しく、夕方からの入院要請に病院が難色を示されたと感じています。独自に深夜まで入院先を探しましたが、最終的には「保健所の指示が必要」とのことでかなわず、夜勤職員を1人増員して対応しました。
ところが3例目の感染判明から5日後、同じユニットの入居者が発症し陽性になったのです。4例目となりました。当初、3例目の方と同時期に検査したときは陰性でした。こうした経過をみると、3例目の方が陽性判明後も施設に滞在したことで感染が拡大した可能性を考えてしまいます。5例目は職員です。4例目からの感染だと思います。
特養には医師が常駐しておらず、本格的に感染を防御するのは難しい。介護施設で入所者が感染した場合は、感染拡大防止と感染者自身の安全のために、即日入院が求められます。
―他に感染防御には必要なことは。
施設で防護具や消毒薬など衛生用品を整備していることが欠かせません。しかし今後の状況によっては品不足、価格の高騰で一民間施設における備蓄が十分整えられないことが考えられます。国の支援のもと都道府県としての備蓄・支援体制に加え、市町村でも体制を構築していただきたいと思います。
きむら・さとし 1966年生まれ、8年間の教職を経て、父親が理事長を務める現在の法人に転職。
介護施設をコロナから守る
社会福祉法人「愛の会」法人本部長 木村哲之さん
社会福祉法人「愛の会」法人本部長 木村哲之さん
全員PCR実現 松戸市動かす
安心と安全へ検査の徹底ぜひ
6月末から1週間あまりで入居者と職員5人が新型コロナウイルスに集団感染した千葉県松戸市の特別養護老人ホーム「松戸陽(ひ)だまり館」(定員80人、個室ユニット型)。施設は感染が判明したとき国や行政に、すべての入居者・職員へのPCR検査を求めました。その結果、松戸市が予備費を使い全員に検査を行いました。介護施設を感染から守るには何が必要か。施設を運営する社会福祉法人「愛(めぐみ)の会」の木村哲之(さとし)法人本部長に聞きました。(内藤真己子)安心と安全へ検査の徹底ぜひ
―「松戸陽だまり館」は20日、感染「終息」を宣言しました。
感染した入居者2人が7月から陽性のまま入院していました。残念ながらお1人は今月上旬にコロナ肺炎で亡くなられました。ご冥福をお祈りし、ご遺族の皆さまに心からお悔やみとおわびを申し上げました。もうお1人は陰性が確認され再入居を調整中です。これで全員が陰性となりましたので、保健所より「終息」の判断をいただきました。
◆ ◆
―感染はどのように広がったのですか。施設にウイルスを持ち込まないよう相当気を使っていましたが、すっと足元に忍び寄ってきた感じです。
1例目は職員で感染経路は不明です。6月25日に体調不良で早退し受診しました。医師は「様子を見る」とすぐにPCR検査をしませんでした。28日に再受診、29日にようやく検査して陽性が分かりました。検査が遅れた結果、1例目の感染が判明する前に2例目の職員が発症しました。その間、施設内に感染が広がった可能性があります。
2例目は1例目の「濃厚接触者」の職員で29日、体調を崩し早退して病院を受診、30日検査し7月1日に陽性が判明しています。一方、保健所は他の「濃厚接触者」(入居者12人、職員4人)に行政検査を行い、結果は全員「陰性」でした。
1例目と2例目の職員は隣接するユニット(10人ごとの生活単位)の担当で、動線は重なっています。23日には一緒に入浴介助などを行っていました。
2例目の「濃厚接触者」(入居者8人、職員12人)への行政検査が7月1日に行われました。そこで担当するユニットの入居者1人が陽性と判明し、3例目となったのです。
保健所の指導を得て感染者が出た二つのユニットを「汚染区域」とし、動線を他と完全に分けました。取り急ぎ法人内から防護服や衛生用品をかき集め、マスク、グローブ、フェイスシールド、ガウンと最大限の防護策で介護にあたりました。
この段階で法人として保健所に、入居者・職員全員にPCR検査を行うよう強く要望しましたが断られました。保健所を統括する県の担当部長の見解は、“行政検査の範囲は「安心」で線を引いているのではなく、「安全」で線を引いている。多くの経験から判断の正確さには自負がある”とのことでした。
ところが現場で問題が起きました。行政検査の対象とならなかった利用者・家族、職員の中で「自分が感染しているかもしれない」との不安が広がったのです。
職員は不安を抱えながらの業務で、強いストレスにさらされ疲弊しました。家族に感染させる不安から自宅に帰ることができず自家用車や民間宿泊施設に泊まって勤務する職員もいました。また、職員の家族の中には勤務先から「同居家族の中に白黒はっきりしない方がいるなら出勤を控えなさい」と指示された方もいました。
業界団体を通じ、厚生労働省に全員検査をお願いしました。一方で自費のPCR検査を、持ち出しでもするしかないと覚悟を決めました。市の検査センターでも1人約2万円かかるとのことでした。そんなとき松戸市が独自に全員の検査を公費で実施すると決断され、本当にありがたかったです。「濃厚接触者」以外の125人に検査をしていただきました。全員が陰性でした。
―松戸市はその後、高齢者施設で「行政検査」の対象とならなかった人への検査事業を補正予算で計上しました。国の考え方に変化はありましたか。
厚労省は行政検査の範囲について、感染者が出た施設は全員が対象となる、感染が多発している保健所管内の施設は感染者が出ずとも職員や入居者が対象になるとの「事務連絡」を都道府県等に出しました。共産党さんも含め超党派の国会議員のみなさんや業界団体が要望し、現場の声が通った結果だと、大変ありがたく思っています。
ただ「事務連絡」ですので正式の「通知」とは強制力の違いがあり、都道府県によって対応の違いが出てくるかもしれません。実効性を求めたいと思います。
重度化リスクの高い高齢者施設で感染が広がると「介護崩壊」から「医療崩壊」につながりかねません。何より施設に感染を持ち込まないことが大事です。少なくとも、介護従事者等が体調不良で受診した際には即PCR検査を実施することで、1例目となる方を早期に特定し隔離することが必要だと思います。しかしまだ、こういう場合の検査にもハードルがあるのが現状です。改善が必要です。
◆ ◆
―感染した入居者はすぐに入院できましたか。3例目となった入居者の感染は7月1日午後に判明しましたが即日入院とならず、翌日午後まで施設内に滞在せざるを得ませんでした。自分で動くことができる認知症の方でしたので対応が難しく、夕方からの入院要請に病院が難色を示されたと感じています。独自に深夜まで入院先を探しましたが、最終的には「保健所の指示が必要」とのことでかなわず、夜勤職員を1人増員して対応しました。
ところが3例目の感染判明から5日後、同じユニットの入居者が発症し陽性になったのです。4例目となりました。当初、3例目の方と同時期に検査したときは陰性でした。こうした経過をみると、3例目の方が陽性判明後も施設に滞在したことで感染が拡大した可能性を考えてしまいます。5例目は職員です。4例目からの感染だと思います。
特養には医師が常駐しておらず、本格的に感染を防御するのは難しい。介護施設で入所者が感染した場合は、感染拡大防止と感染者自身の安全のために、即日入院が求められます。
―他に感染防御には必要なことは。
施設で防護具や消毒薬など衛生用品を整備していることが欠かせません。しかし今後の状況によっては品不足、価格の高騰で一民間施設における備蓄が十分整えられないことが考えられます。国の支援のもと都道府県としての備蓄・支援体制に加え、市町村でも体制を構築していただきたいと思います。
きむら・さとし 1966年生まれ、8年間の教職を経て、父親が理事長を務める現在の法人に転職。